ヘルスケアデザインやバリアフリーデザイン,ユニバーサルデザインという概念が提唱され,世界的に広がりました。これらと,柳澤先生か提唱されている「健康デザイン」とはどういう違いがあるのでしょうか。

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柳澤 私は永年,病院建築に携わってきましたが,米国の建築家から,いまだに「病院」などという言葉を使っているのかと指摘されました。彼らは「健康のための建築(Architecture for Health)」という言葉を使って,より積極的に健康になる環境をデザインしようとしています。リハビリで意欲が出る色彩計画とか,緑の庭園とそれが見える病室計画などを提案しています。これらはヘルスケアデザインと言ってよいでしょう。

  一方,障害者を取り巻くバリアを取り除くことを目指したバリアフリーデザインという言葉が登場しました。そして,障害者も含めて子供からお年寄りまで,誰にでも使いやすいデザインという意味で,ユニバーサルデザインという考え方が最近注目されています。幸か不幸か,これらの言葉に適当な訳語がないし,特に明確に区別した方がいいとは考えないので,私は「健康」という良い日本語を使って「健康デザイン」としてこれら全てを含めようとしています。建築だけでなく道具も都市(街づくり)も包含し,単に物的な環境だけでなく人間関係のようなソフト面も含めた,従来の専門超えた幅広い概念と考えています。

 物的な環境としても,よい車椅子のデザインと,車椅子が使いやすい建築や車両のデザイン,また車椅子生活がしやすい歩道や水のみ場から交通施設までのデザインなど,総合的な領域が「健康デザイン」です。

全体計画と同時に病室のデザインを決めていく

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「健康デザイン」の観点から見て,日本の高齢者施設や医療施設の現状はどうなのでしょうか。

柳澤 病院関係者に話を聞くと,「よい医療を提供するのが自分たちの使命である」と言われます。もちろんその通りですが,残念ながら「よい生活環境を提供する」という意識が希薄であったように思えます。つまり,これまでの多くの日本の医療施設は「医者の家」「医療の場」であって,病める患者が癒される場とは言えない状況でした。

 建築家が病院建築に携わる場合,大きな地図を広げて,敷地の中に建物をどうまとめていくかということから話が始まります。高層か低層が,駐車場はどうするか……。どんどん設計が進んんでいって,最終に近づく頃にようやく病室のデザインが始まるのです。

 しかし,高齢者施設の入居者や入院している患者さんにとって,ベッド周りや窓の高さがきちんとデザインされているかどうかは切実な問題です。例えば道具レベルで言えば,椅子が果たしている役割がもっと認識されるべきでしょう。食事や読書を全てベッドの上で行うのは無理な体勢を強いられますし,窓から外の景色をゆっくりと見るためにも椅子がほしい。また,病室に椅子を置くことは,生活にリズムを与え離床を早くする,退院したとき日常生活とつながりやすいという利点もあります。

 このように,病室に患者用の椅子を置くことや,カーテンの色や壁のクロスはどういうものがいいか考えるなど,人間生活を包み込む「近環境」のデザインを,全体計画と同時に並行してスタートさせる必要があるでしょう。

同じスペースで環境改善することが可能

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そうした近環境をつくるとき,スペースやコストの問題が出てきますが。

柳澤 私が代を務めている健康テザイン研究会が原寸大のモデル病室を施工し,公開展示したことがあります。医療関係者は図面では病案の細部までチェックしにくいし,建築設計者は建築細部をカタログだけで選びがちになる。関係企業は使用者である高齢者や患者さんの声を直接聞いたことがない。こうした点を補うには,実物モデルが最も分かりやすいのです。しかも,関係企業の情報交換と自社製品の改良へのきっかけにもつながります。

 この4床のモデル病室は,どのベッドの近くにも窓があるように部屋の形を十角形にしてあり,ベッドの角度をふることで患者用の椅子を置くスペースを確保しています。また,リラックスできるように間接照明にするなど,様々な提案を試みましたが,注目していただきたいのは,通常の四角形の病室と床面積および1床あたりの面積がほぼ同じという点です。

 もちろん,スペースの問題が解決されても,窓が増える,間接照明にする,ハイバックでオットマンが付いた椅子をベッドの数だけ揃えるということになれば,コストがかさんでいきます。4床案で差額料金を設定するのはなかなか難しいようですし,4床室が良くなると個室に入る人がいなくなり経営上困という話もあります。私個人としては,4床室でも個室でも環境に見合った負担がなければならないと思っています。

 また,病院・福祉施設の経営努力も欠かせません。今後は「患者に対するサービス水準を高めつつ,経営を合理化していく」必要があるでしょう。

医療。福祉施設側と設計側とは,どのように連携していけぱよいのでしようか。

柳澤 日本では病床数で職員数や施設規模を決めることが多いのですが,これからは医療・福祉施設の機能が多様に分化することが予想されるだけに,その性格や機能によって各部・各室の設備内容を決め,設計内容によって規模が決定するという進め方が必要となってくるでしょう。

 せっかく多額の資金を投じて新築・改築するのですから,ただ明るく快適になるというだけでなく,従来できなかった医療・福祉や運営を可能にする機会にすべきです。そうした医療・福祉側の提案と建築設計側のアイデアを活かすためにも,両者の問にコンサルタントなりファシリティマネジャーを置き,協議を重ねることが望ましいと思います。