「病院」2002年3月発行 (Vol.61 No.3)

「手術部の建築と運営の計画」
2000年8月バンクーバーで全米建築家協会の健康建築部会(最近病院建築を名称変更)が海外建築家にも呼びかけて開催された。ここでは建築事例の紹介よりも、医療や経営から未来学などの専門家を招いて21世紀医療の予想を聴講して議論する会であった。中でもロボット医学や治療と診断の一体化や戦場での遠隔医療などが注目され、今後の手術部計画に対する関心が高まっていた。その直後にスエーデンで最新のサンダービー病院を訪問したが、ここでも日帰り手術を目玉の一つに掲げていた。最近のアメリカでは全手術の75%が日帰りだという。めまぐるしい変化の中で手術部をどう計画したらよいのか2回にわたって論じたい。 

□手術部計画を巡る変化
内視鏡による無侵襲手術が増加した関係で、CTやMRIのような大型検査を手術中に利用出来ることが求められている。脳外科や眼科などでは執刀医が自分の目で見るのでなく自分の手に直接メスを持たず、拡大された画像を対象に遠隔操作で執刀する日は近いという。いわゆるロボット手術であり、直接多角的な診断をしながら治療するのである。
感染管理の考え方が変わり、国際的に感染管理基準の再検討が進められて、特に環境からの感染に対する警戒感が緩やかになってきている。しかし、感染関係のリスクマネジメントへの社会の関心は高まっている。
さらに重要なのは病院の経営環境の変化である。急性期病院であれば如何に在院期間を短縮するか、如何に少ない職員で効率をあげるか、如何に診療内容や環境の良さを患者に評価してもらえるかが問われる。在院期間が短縮すれば病床数に対する手術件数が多くなる。手術室を増やすより回転率を高め、職員の動線を短縮し、物品の不良在庫を減らさなくてはならない。サポートシステムを充実させつつ清潔管理を実現するのである。
従来の手術部の規模計画(手術室数・職員数・延床面積)はあくまで病床数を基礎にしていたが、これからは平均在院期間の短縮から、年間新入院患者数や年間手術件数を基礎に考えるべきである。医療の進歩の中で、増え続ける各種医療器械を始めとする大量の物品の整理・保管・作業・移動などのスペース配分が現実的には最も重要である。高価な手術室を倉庫に使わざるを得ないような情けない失敗が現実にはある。
こうした変化を踏まえた将来計画を立案する時に、必要なのは過去の変化の認識と現状の正確な把握であろう。

□アメリカ・イギリス中心の手術部平面型の論争
1953年にアメリカでUSPHSによる「総合病院の設計と構造」(日本での訳本名)が発表され、1955年にイギリスでナフィールド財団の「病院の機能と設計の研究」が発表されて、そこでの手術部平面がアメリカ型とイギリス型として日本で議論された。
その後、アメリカでは1963年に竣工したスウェディッシュ病院(シアトル市)手術部以来クリーンホール型が普及してきた。手術室群の中央にホールを設けて、滅菌物品を一元管理して各手術室に供給するタイプであり、中材は下の階に設けて昇降機で連結する。麻酔医のモーゼル博士がNBBJ建築グループと共に全米の手術部を見学した上で物の動きを重視して考案したといわれる。この影響が強かったのか、例外はあるが全米の殆どの病院はこのタイプのバリエーションで設計されている。
イギリスでは殆ど使用済み物品を回収する専用廊下を設けた回収廊下型であるが、各手術室に手洗い室・麻酔室・回復室・清潔準備室などの小規模な付属室が取り巻くように配置されていることを忘れてはならない。回収廊下は専門資格のない職員が働く場という印象を受けた。
アメリカの方が手術部全体を一元管理する組織的な運営方法を重視しているのに対して、イギリスは手術室ごとに独立して運営されている傾向がある。こうしてクリーンホール型をアメリカ方式、回収廊下型をイギリス方式として対比するようになった。いずれも各手術室への出入り口が複数あるダブルアクセス方式であり、人や物の出入りを区別出来る。中央ホール型がシングルアクセス方式であるのと異なることに注目すべきである。

□日本での手術部平面型の論争
第二次大戦後、日本では東大病院計画が先頭を切って各科別の手術室を集めた中央手術部が生まれ、建築的には中央廊下や中央ホールの両側に手術室群を配置した中央廊下型・中央ホール型であった。その後、清潔管理の考え方から人や物の一方通行が重視され、回収廊下型・供給廊下型・供給ホール型など、実に様々な平面型が工夫されるようになる。
清潔物品を保管し配盤・展開など清潔な作業を行うホールを中心に手術部を構成するクリーンホール型が、1977年に愛知県の春日井市民病院で始めて出現した。その後、愛知県の知多・小牧・一宮・碧南・豊橋などの市民病院やがんセンター、愛知県以外では聖霊浜松・静岡県立総合・群馬県小児医療センター・宝塚市立・麻生飯塚・北大・阪大・岸和田市民などの病院にこのタイプは普及した。
一方、使用済み器機や医療廃棄物などを回収する回収廊下型は東大病院で見学廊下とロボット搬送を立体的に構成した例があり、最近では川崎市立川崎病院の回収と供給を別々のロボットで搬送する廊下を設けた新外周廊下型というべきタイプも現れて注目を集めている。
1986年の手術部医学会では「中央手術部の設計と運営の実際」と題するシンポジュウムが開催され、司会:正津晃(東海大)、従来型支持の古橋正吉(東京医科歯科大)・伊藤誠(千葉大)、クリーンホール型支持の三浦哲夫(北大)・柳澤忠(名大)の各氏が、医学と建築の両面で多角的な議論を行っている。北大病院に本格的なクリーンホール型手術部が実現したのがきっかけで、このシンポジュウムが企画されたのである。
伊藤氏は手術室の職員・患者・物品の出入りを術前・術後に区分して、それらの多様な組み合わせに対応する多様な平面型が存在すると問題点を整理し、術前から術後にかけての一方通行を重視する考え方を展開した。建築的には中央ホール型だけでなく、運営によって多様な平面型を提案したらよいという主張である。
一方、柳澤は手術部内のスペースを無菌的環境・清潔環境・準清潔環境・通常環境などにゾーン区分し、滅菌物品の保管と配盤作業スペースとしてのクリーンホールを、清汚管理と共に作業効率を重視して計画する考え方を展開した。建築的には多様な平面型を用意するよりもクリーンホール型を最上の提案とし、同じクリーンホール型でも運営によって建築は変わるので、詳細に検討すべきであるとの立場を説明した。

□平面型別手術部の実績調査の必要性
戦後の手術部平面型を巡る論争を簡単に振り返った。しかし、手術部は建築だけでどういったタイプが良いかは決められない。職員が如何なる運営をするかによって良し悪しが決まる。建築と運営とが上手く調和するのが良い。その点で建築の計画・設計時に将来実際の運用を担当する職員との十分な協議が特に大切であり、使用後の評価を十分に受けるべきである。
これからの手術部ではさらに多様な変化が予想されるので、手術部平面型がどうなるべきか予想がつきにくい。「色々なタイプがあって良いのではないか」という意見も聞くが、私は色々なタイプの手術部の使用実績をしっかり調べて、より良い平面型を特定した上で詳細を検討するべき時期にきたと考える。現状を評価して将来の変化に対応すべきであろう。

□滅菌物品の供給
手術部計画の論争は感染管理を巡って行われてきた。最近は根拠(EBM)に基づく感染管理基準の見直しが国際的に議論されている。しかし、手術野を無菌にすべく努力すべきは当然であり、滅菌物を器械台上で配盤・展開する作業も無菌状態で行われるべきことは変わらない。配盤を誰が・何処で・どのように行うかが手術部感染管理のポイントである。
日本では多くの病院で配盤は手術室内で行われている。患者が入室し麻酔が進められ、手術準備が進行する中で配盤作業を行うのが良いのか、術式別の滅菌セットのコンテナ化が普及したが、これにガス滅菌やディスポの単品を加える配盤作業の効率化に大きく影響し、手術が進行して追加的に必要になった滅菌物品をどう供給するかも重要である。滅菌物品供給・物品保管方法がポイントである。
最近の手術部には一般に物品があふれている。不良在庫を減らし、当該手術に必要ない物品を手術室に置かない運営が望ましい。滅菌物品の有効期限をチェックする作業も運営のポイントになる。何らかの物品管理一元化が望ましい。
@ 回収廊下型では物品供給に積極的な提案はないが、中央ホールに配盤スペースを設けて物品の一元管理を計り、各手術室からの調達動線を短縮する工夫をすべきであろう。回収廊下に面積を割くと、滅菌物品の保管・作業スペースが十分に設けにくい恐れがある。
A 新外周廊下型ではセット化した滅菌器械コンテナを自動搬送するが、滅菌器械の単品(ディスポを含む)や滅菌リネンは別ルートで中央ホール側に供給・保管される傾向がある。両者が揃わないと配盤のような手術準備が出来ない。手術中に追加の可能性のある物品も含めて、供給方向が一本化しないと準備作業に支障をきたすことに注意したい。いずれにしても高額の自動搬送設備が手術部全体の運営システムをどこまで変革出来るのだろうか。
B クリーンホール型は中央材料部の応援を得ながら、滅菌物品を保管し配盤作業を無菌環境化に行う。物品の一元管理による経営の合理化が期待出来る。

□使用済み物品の回収と清掃
感染症手術では使用済み物品の回収や清掃は特に慎重であるべきである。通常の手術でも物品回収と清掃を次の手術計画に合わせて効率的に行うのが、手術部運営のポイントになる。回収や清掃を業者に委託するケースが増加していることも関係して、専用の廊下を設ける回収廊下型の平面が出現したのである。さらに、人手を減らして自動搬送する新外周廊下型が現れた。新外周廊下型では嵩張るリネン類や医療廃棄物の回収まで自動搬送出来るか、最後の洗濯や院外搬出との関係がポイントである。これらを委託清掃員の手に頼ることになると、外周廊下を人の通行にも便利にする必要がある。
使用済み物品や医療廃棄物は密封して運べる容器の整備と一時保管場所が設定されれば、供給のように緊急性がないだけに、特に貴重な面積を割いて専用廊下を設ける必要があるのだろうか。

□手術室廻りの環境デザイン
手術部全体をクリーンホール型・回収廊下型といった特殊な構成にした場合に、各手術室はその構成を活かすようにデザインしなくてはならない。
クリーンホール型でも回収廊下型でも手術室には前後に2つの扉が存在するが、それぞれの扉を通して特定の人や物が出入りしてシステム的な運営が出来るのがポイントである。境界の壁のデザインによっては、人が出入りしなくても内外で通話したり様子を見たりすることも出来る。必要な時に物品が十分に供給されれば、各手術室に物品を保管しなくてもすむ。
@ クリーンホール型では滅菌材料が供給される扉の周辺に準備された器械台やケースカートを一時滞留させたり、単品を緊急に供給するパスボックスや通話しやすい工夫が必要である。クリーンホール側に麻酔器や患者の頭が来ないように注意したい。また回収の為の密封容器の整備とその滞留コーナーも忘れてはならない。
A 回収廊下型では滅菌器械の供給システムと配盤作業スペースを十分考慮すべきである。各手術室内に保管する物品が多くなる傾向がある。
B 新外周廊下型では外周廊下側から滅菌器械コンテナが供給されるので、供給場所周辺で配盤・展開を行いたい。しかし、滅菌リネンや滅菌単品、特に追加される可能性のある物品が中央廊下側から供給されると配盤位置が変わってくる。また、麻酔器が外周廊下側に設置されても配盤位置が変わってくる。物品の供給・保管や設備位置によって室内作業に支障をきたすことに注意したい。

□手術部マネジメントの総合戦略
手術部では看護婦が直接患者を相手にしない多くの業務に携わっている。執刀医に器械を手渡す直接介助、物品の調達や配盤・展開作業、使用済み物品の回収、清掃から手術室の運用計画調整・運用マニュアル作成などである。これらの業務は高度な専門知識と強い責任意識を必要とするが、新しい専門職種が看護をサポート出来ないだろうか?
アメリカでは大学病院クラスになるとかなりの人数の手術部事務職員が運営にあたり、看護婦数に負けない臨床工学技士が働いている。日本でも今後さらに高齢化が進行すると看護婦不足は深刻になろう。急性期病院では平均在院期間が短縮して手術件数が増加する。1日に1手術室を何回か使用する手術室回転率も高まろう。そうした中で看護婦をあまり増やさずに業務を円滑に進行させる運営が求められよう。医師・看護婦が直接患者治療に専念してもらう為に、サポートシステムを充実させる総合戦略が求められている。手術ファシリティマネジメントである。
次回は感染管理と作業効率向上の総合戦略の為に工夫された「クリーンホール型手術部」の運営状況を実地に調査したので紹介したい。

参考・引用文献:@手術部医学マニュアル、文光堂、1987年、A病院設備シリーズ6中央手術部、日本病院設備協会、1993年、B特別講演「手術部計画の動向」、柳澤忠、日本手術医学会誌1983年、Cシンポジュウム「中央手術部の設計と運営の実際」、正津晃、日本手術医学会誌1986年、D感染管理の新しい流れと手術部門計画の動向、辻吉隆、LiSA2001年、

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