手術部の建築と運営の調査
「良い建築」は従来の建築では出来なかった方式が運営可能になり、適正な職員構成で効率的に成果があげられる建築である。その為に建築設計者は将来運営する人と十分な協議を行う必要があるが、既存の建築がどう使われ如何なる問題があるかを日頃調査し認識しておくことが大切である。特に自分が設計した建築の運営状況は調査しないといけないが、意外にそうした調査例は少ない。そこで私自身が基本計画を行った病院(竣工後5年―10年経過)の調査をご紹介したい。2病院の手術部である。
今回の調査例は手術部建築平面型で論争の多いクリーンホール型(供給ホール型)であり、第一回病院建築賞(平成4年)を受賞した碧南市民病院と、医療福祉建築賞(平成10年)を受賞した市立岸和田市民病院の手術部である。いずれも現在増築計画が進行している。碧南市民病院は平成13年11月12日・13日に、岸和田市民病院は13年7月24日・25日に調査した。健康デザイン研究会手術部研究部会が担当し、調査員は柳澤忠・棚橋秀行・山本和典・宮原隆志・永田啓・矢永勝美(碧南のみ)であり、全員の協議で本稿を纏めている。
碧南市民病院手術部
1) 病院の概要と手術部の特徴
昭和63年に開院した総合病院(愛知県)で、病床数330・職員数413人(含む非常勤74人)・延べ床面積25775F(1床当たり78F)である。平成12年度の1日平均外来患者数1169人・病床利用率92%・平均在院日数15.9日・手術件数2436件である。手術部は2階で外科病棟と同一階で連結し、直下の1階中央滅菌材料部とエレベーターとリフトで連結させた配置である。外来・感染症手術室とバイオクリーン手術室を含む6手術室(以下OR)を、クリーンホール(以下CH)と外周廊下で挟む所謂クリーンホール型平面である。計画当時は院長以下幹部級の準備職員との協議を行った。
2)手術部の職員組織と運営の概要
職員構成は麻酔医が2名(他に非常勤2名)、看護婦は婦長・主任を含めて19名、看護士の資格ももつME技士1名で、委託職員としては看護助手4名とクラーク1名(午前のみ)と清掃員数名(朝のみ)である。
手術は医師の外来診療との関係で午後に行われ、午前の手術は原則として外科の1例となっている。手術部職員はAB2チームに分かれ、AチームはCH・洗浄組立・外周廊下を担当し、午前中CHで当日全部の配盤を行う。Bチームは各ORで清掃・手術準備・後片付けを担当する。
調査日の看護婦は日勤13名・遅出4名・当直1名で、AB2チームに分かれ、CHには午前中(8:30−11:30)Aチームから4名(調査日は5名)が入り、グローブ着用看護婦(以下CN)2名がCH内配盤コーナーで全手術の配盤・展開を行い、他はその手伝いと翌日分器材の確認と準備・予備滅菌器材の期限切れ確認・補給部から補給された器材の保管棚への収納を行う。
各手術室では執刀直前にCHから展開済みの配盤台が搬入され、手術室内では配盤作業はない。滅菌単品の追加はCHから供給される。午後のCH内は無人になり各手術室看護婦がスリッパを履き替えてCHへ入室して物品を調達する。
3)手術室看護運用マニュアル
看護部作成の運用マニュアルは「手術治療には時間的制約があり患者は生命の危険に直面している。私たちは患者のすべてをまかされていることになり、医師や看護婦はその責任の重さに緊張が高まりその連続である。また感染防止のために手術器械の滅菌・環境維持など厳しくしなければならない。当手術室は清潔・不潔の区分・清汚による環境ゾーニングが明確化されたクリーンホール型になっている。手術室は6室あり、原則として各科別になっているが、状況に応じて各室使用している」で書き出され、@手術部の構造(清浄度基準を中心)A看護方式と勤務体制、B各勤務帯業務の時刻別・週間別・月間別の設定、C委員会や幹部の職責、D事故防止対策などが纏められている。
4)手術部建築のゾーニング
従来、手術部の清潔管理では動線の一方通行が強調されていたが、碧南市民病院では清浄度基準によるゾーニング(空間を区分する)を重視して計画された。以下現山田院長が設定されたゾーン区分の概念である。
A:無菌的環境:一定時間内に局所的に作り出すことができるゾーンである。NASAバイオクリンクラス100−1000、主な場所としては@手術室における手術野を中心とする局部、ACHにおける配盤コーナーの作業面を中心とする局部、BBCR全室
B:清潔環境:無菌ではないが菌の数を極力減らし、無菌的環境Aへの菌の移動(接触・飛沫)を防止する場所であり、Aの形成を可能とするゾーンである。NASA1000−10000クラス、@手術室の手術野以外、ACHの配盤コーナー以外、B滅菌室における既滅菌室内
C:準清潔環境:通常の環境であるが、外部からの菌(空気・汚染物)の混入が阻止されている場である。無菌的環境Aに至るための通過準備空間である。10000−100000クラス、@手術室の外周廊下、A滅菌室とクリーンホールを連絡するリフト
D:通常環境:100000−、@手術部の組み立て洗浄室、A病院内の一般廊下、B滅菌室と手術室組み立て洗浄室を結ぶエレベーター
5)手術部の洗浄組立室の運用状況
使用済み器械のカウント・洗浄・乾燥・セット組みを行い、セットを中材に滅菌依頼する(9時からと12時30分からの1日2回)。使用済みリネンとゴミの回収も洗浄組立室の看護婦と看護助手が行う。リネンは随時洗濯室へ、ゴミは朝・昼・夕3回洗濯室横のゴミ置き場へ搬送する。緊急器材・床に落とした器材は専用カストに入れて洗浄組立室のハイスピード滅菌装置で滅菌され、パスボックスを介してCHに供給され、使用済み配盤台はアルコール拭き後にエアシャワー経由でCHへもどる。
6)問題点
@
滅菌物品の供給が短い動線でスムーズに行われているが、使用済み物品の回収は動線も長く16時以降はゴミも手術部に滞留する。保管場所を整備したい。但し、供給は個々緊急に行われるが、回収は手術後にまとめて行われるので時間的に余裕がある。
A
CHと手術室との間のパスボックスは手術室用の収納棚として利用され、パスボックスとしては利用されていない。CH側に午後人手がないことが原因らしいが検討を要する。
B
外周廊下側の物品収納スペースに適切な各種小物用整理棚が必要である。
C
婦長を中心とした事務コーナーや職員休憩室が狭い。現在進行中の1階救急部・2階管理部の増改築の際に改善される予定である。
岸和田市民病院
1) 病院の概要と手術部の特徴
昭和11年に開設された病院で平成8年に移転新築した。病床数350・職員数4224人・述べ床面積27025F(1床当たり77.2F)である。平成12年度の1日平均外来患者数は1633人・病床利用率99.0%・平均在院日数15,0日・手術件数3128件である。手術部は診療棟3階でICUと外科系病棟と連結し、エレベーターとリフトで地階の物品管理供給部門と連絡している。手術室はBCRを含めて6室で全て一箇所のクリーンホール(CH)に接しており、L型の外周廊下から患者・職員が出入りする。
新設された碧南市民病院と違って、計画は院内各種委員会で協議を重ねてまとめられた。
2) 手術部の職員構成と運営の概要
職員構成は麻酔医が部長を含めて6名、看護婦は婦長を含めて21名であり、委託職員として医事クラーク2名・看護助手1名・清掃6名であり、医療工学技士は全病院4名いて必要な時に要請する。調査日の看護婦は休み2名・当直明け2名であり、婦長・主任・リーダー2名・サブリーダー2名を含めて17名が勤務した。
CHには午前中2名・午後1名の看護婦が入って全手術の配盤作業と単品滅菌物品の供給を行う。午前は1名が手洗いして滅菌ガウン・グローブを着用して配盤を行い他1名が配盤を介助し。午後は1名がグローブをはずして随時滅菌単品を各手術室に供給し、翌日の準備を行う。CH担当の2名の内1名は翌日もCHで勤務する。つまりCH業務は初心者を除いて月に1−2回2日続けて回ってくる業務である。
各手術の介助看護婦は直接・間接2名で術前・術後に病棟を訪問し、患者の受入れ・申送りに立ち会っている。
3)手術室業務手順マニュアル
看護部で膨大なマニュアルをまとめている。主なものは@災害時の対応、A緊急手術時の手術室看護職員への連絡方法と動き、B外科系新赴任部長医師への説明事項、C感染管理、D感染予防対策、E手術後のあと片付け、Fゴミの分別について、などである。クリーンホールCHの概念を「CHは感染防止・物品管理の一元化を目的とした、より清潔度の高い供給ホールをいう」としている。ドクターサイドにも依頼文をだして感染管理の共通認識をもつよう働きかけ、特にゴミ処理や不潔リネンのアクアフィルム処理などの封じ込めは徹底している。
4)手術部洗浄室と中央滅菌室の運用状況
使用済み物品は看護助手の手でリムーバブルコンテナに収納され、手術部洗浄室に運ばれ回収専用カートに積み込まれ、エレベーターで地階中央滅菌室に無人搬送される。リネン関係とゴミは専用の回収袋によって回収され、回収専用エレベーターで無人搬送され、中材スタッフを通じて外部業者が回収する。手術部での一次洗浄は行われていない。
物品管理供給部の中央滅菌室は委託職員15名で運営され、@手術オーダーに基づきケースカートのセッティングを行い、供給専用リフトで手術部CHに供給する。A使用後回収された器材は仕分け洗浄室で数量チェックと種類別の仕分けを行い、B超音波洗浄機・ウオッシャーディスインフェクター・大型乾燥機により器材の洗浄・乾燥を行う。C器材回収に使用されたリムーバルコンテナーはアルコールで清拭後、エレベーターで手術部洗浄室に返送される。D組立・包装室に送られた洗浄済み器材は、手術オーダーに基づいてセット化を行う。
5)問題点
@
午前中に配盤・展開作業をすませたKとCとが各手術室前に配置されるが、午後手術の分も加わり、扉附近にカート類が集中して人の動きに障害をおこす。CHの設計では各手術室の扉附近のスペースに余裕が欲しい。
A
11:15から13:20までCHに看護婦が不在になり、手術室介助看護婦がCHに入りリザーブ棚から必要物品を取り出している。2名の昼休み時間をもっとずらすか、応援体制を強化するか、カート類をコンパクトにするか、改善策を必要とする。
B
ケースカートCのリフトからCHまでの移動経路上にOR3の扉があるために扉前に配置されたカート類が移動の邪魔になる。リフトがケースカート1台分の大きさであるが、翌日分10台前後を30分位で集中的に受け入れている。リフトの位置を改善し内法を一回り大きくし、カートを一回りコンパクトに出来れば改善される。
C
CHに器械セット・単品器械・衛生材料・リネンがストックされ、一元的に管理されているので単品の追加要求はインターホンで連絡し速やかに受渡す。さらにCHと手術室との扉や壁を透明性のあるデザインとし、音声でも連絡しやすくしたい。
D
CHから物品供給を受ける関係で手術台の向きは患者頭部がCHと反対側にくることが望ましい。計画時にはそうなっていなかったが、現状ではCHと反対側にしてある。CH型平面では重要なポイントである。
E
内視鏡や術野モニターなどの大型機器が今後増加するであろう。手術室内にアルコーブを設けるか、2手術室で共通の附属室を設け不要時に収納出来る工夫が必要になろう。
クリーンホール型手術部の評価と日本独自の工夫
クリーンホール型はなかなか普及しないが、それには次のような疑念があろう。看護職員の人数が不足しているのでクリーンホールに人手を割けない。建築面積が足りないのでクリーンホールをとる余裕がない。中央のクリーンホールを優先する結果、外周廊下の動線が長くなる。クリーンホールが汚染源になった場合、全手術室への影響が大きい。
これらの疑念に対して、碧南と岸和田での調査結果が答えてくれたと考える。
@:両病院ではごく普通の職員数と床面積の中で、大変効率的な運用をマニュアルにそって行われている。滅菌物品の一元管理が各手術室の在庫を減らし、共同で行う配盤作業が清潔で且つ効率的に行われ、準備の出来た器械台をタイムリーに手術室に供給している。器械台数台を要する長時間手術の場合に、必要な器械台だけが存在するので手術室が広く使えるのである(クリーンホールの各手術室扉附近に器械台が待機する)。
A:両病院のクリーンホールでの配盤・展開が効率的に行える前提として、滅菌セットや単品材料が前日に仕分けされていることに注目したい。当日の配盤作業が岸和田病院で15件分を2名で延べ150分(1人1件平均10分)、碧南病院で4件分を2名で延べ140分(1人1件平均17.5分)で完了させているのである。しかも長時間手術で配盤台が何台も必要な時でも、準備の済んだ配盤台をCHに待機させてタイムリーに手術室に供給できるので、安全だし手術室が広く使えるのである。手術室での配盤作業と大分様子が違う。
B:建築的には回収廊下や新外周廊下型の方式だと、従来の中央ホール型の平面の外周に廊下を巡らせれば、比較的容易に設計出来るが、クリーンホール型は単なる廊下ではなくホール状の空間に全手術室を接続させる必要があり設計は簡単ではない。手術部など診療棟が自由な設計が可能になる為には、上部に病棟を重ねる配置は避けたいし、昇降設備の位置に注意したい。手術部がロ型になったりL型になったりしない方が良い。
C:全米の大部分の手術部は中央にクリーンホールを配置し、その外周に手術室群をさらにその外周に廊下を巡らすタイプである。物品供給を優先する考え方であるが外周廊下を利用する職員(特に麻酔医)の動線が長くなる。私はクリーンホールと外周廊下をなるべく並行に、どちらかを優先し過ぎないように設計してきた。柳澤方式だと考えている。
あとがき
クリーンホール型手術部ではいささかの問題点が発見されたとは言え、全体的には順調に運営されている。同じクリーンホール型でも2病院で差があり、より洗練された建築・運営を目指して検討を進めるべきであろう。この2病院の手術部は他病院と比較して面積的に広い訳ではないが、今後の手術部は全体的にもっとゆとりをもって計画すべきだろう。
従来、手術部建築では清潔・不潔の動線を分離する一方通行を重視する傾向があった。これからの手術部では感染管理と並行して、スペースの有効活用特に物品管理一元化による物品配置であり、職員業務の効率化と質の向上、特に配盤作業の効率化や看護婦の動線短縮が可能になる手術部建築が求められている。
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