医学書院「病院」連載2002年6月

医療を支えるファシリティマネジメント7話

第1話 今、何故ファシリティマネジメントか?

 ファシリティマネジメント(Facility Management)という言葉をご存知でしょうか? もしご存知なら、貴方はかなりアメリカ好きなのか? 建築や施設の世界に関心が強い方なのでしょう? ところで、医療経営全般での「質」の問題を解く考え方(コンセプト)としてぜひファシリティマネジメント(以下FMと略記)を知っていただきたいのです。今月から7回、話題を提供したいのでお付き合い下さい。

FMとは如何なる概念であるか?
 FMはコンピュータがオフィスを劇的に変えた1970年代にアメリカで登場し、世界に広まりました。 インテリジェントビルとかニューオフィスという言葉が流行ったころです。
 最初にFMの普及に乗り出したのは1979年に設立されたFMI(ファシリティマネジメント研究所)で、家具のハーマンミラー社がスポンサーでした。 ハーマンミラー社は「イサム・ノグチ」デザインのテーブルや「イームズ・チェアー」で有名ですが、中興の祖「Max DePREE」がドラッカー博士やクリントン前大統領が絶賛した経営者への優れたメッセージ書「Leadership JAZZ」という名著を残していることや、上場企業として高い評価を得ている事実は余り知られていないでしょう。 従来のFacilities Management=施設管理とは基本的に異なるFacility Management=FMは、ハーマンミラー社からその考え方が誕生したのです。 仕事をする人(People)・その人のいる仕事場(Place)・その仕事のやり方(Process)での最善業務実行(the Best Practice )を求める考え方なのです。 この単純明快なコンセプトはITの発展と相俟って‘80年代後半の米国ビジネス世界に大きな影響を与えました。
FMIは病院への適応を狙っていた
 私が訪問した1984年当時、FMIは病院を主要なターゲットとして捉えており、1990年には国民医療費がGNPの12%に達するという予想の中で、如何にコストを抑えて病院を維持するかといった課題の重要性を強調していました。 病院を診療行為という生産ラインをもつ生産業として捉え、施設の運営が円滑に行われるほどより良い診療サービスが提供できると主張していたのです。
 「病院には新技術による新製品が導入されるが、仕事内容の変革が検討されることが少ないし、全体像を見ている人がいない。 今や組織の再編成や部門間のコミュニケーションが重要であり、洗濯・薬剤・給食・院内感染対策・物品管理・環境向上などの包括的な問題を重視しなければならない」と説明して、医療を支えるFMの重要性を論じていました。 具体的には、各部局が在庫を管理せずに中央の供給システムを導入する物品管理システムの提案や、紙のない自動情報伝達システムを導入する情報管理システムの提案を行い、それらの全体的な影響を予測しつつ将来に対応すべきだと主張していたのです。
 「変革」によって「リスク」を生じ、「意思決定」を必要とする。これに従って「運営主体」をつくり「サポートシステム」を整備しなければならない。変えなければ何事も起こらないが、変革を起こせばFMの変化経営(Change Management )が必要なのだ。しかも医療の世界ほど変化の激しい世界はないのだというのです。
この頃からアメリカの医療事情は急激に変化し、施設面でも急激に変化が進行してきました。 病床を減らすダウンサイジングであり、平均在院期間の短縮であり、病院における外来診療の充実であり、日帰り手術の普及でありました。 建築や運営が大激変したのは言うまでもありません。 日本はアメリカよりかなり遅れて激しい変化の波が襲い掛かりつつあるのだと言えるでしょう。

手術医療を支える手術部のFM
 私は本誌3月号と4月号で手術部の建築と運営を論じました。 手術部は建築だけで正解を見つけにくく、運営方式と関連して始めて良い建築か否かが決まるのだと考えています。 4月号で紹介した碧南市民病院と岸和田市民病院のクリーンホール型手術部は、綿密な運営計画が特徴ある建築を活かして、良い成績をあげておられる状況を報告できました。
 病院にとって重要な機能である「手術医療」を行う主役はあくまで執刀医です。 執刀医を麻酔医と直接介助看護師が助けて手術が行われますが、さらにそれをサポートするのが手術部という組織です。 ここに手術部組織は建築(Place)と職員構成(People)と運営方式(Process)の3者が調和して成り立ちます。 過不足のない職員構成と不良在庫のない物品管理とリスクを起こさない清潔管理・情報管理によって、手術室回転率も高め「手術部を活かす総合戦略」としての手術部FMが登場します。
 繰り返しお話したように、手術部は病院経営の中枢を担い近い将来大きく変化するでしょう。 急性期病院では平均在院期間が短縮し、病床数に対する手術件数が増加します。 低侵襲手術の普及と術中大型診断装置の必要、いわゆるロボット手術の普及などの変化が予想されます。 こうした変化を柔軟に受け止める計画が必要であり、変化に対応する経営を心がけなくてはなりません。

顧客に提供するサービスの品質
 オフィス中心に論じられてきたFMですが、医療施設でFMを論じる特徴をまとめてみましょう。 当然のことながら医療施設はオフィスと違って「顧客にサービスを提供する施設」です。 世界最大の病院経営会社HCAの基本方針は「質の高い医療サービスを納得のいくコストで提供する」としています。 まさに顧客に提供する「サービスの品質」を建築・職員・運営の調和で実現しようとするFMなのです。 諸条件が変化する中で、顧客としての患者が納得するサービスの品質を総合的に確認しなくてはなりません。
 清掃業務のサービスマスター社(アメリカ)では「患者にとって朝一番先に出会うのが清掃員かもしれない。清掃員としては患者に対して快適な朝の挨拶を自然に口にだせるように、日頃から社員教育をしている」と説明していました。 清掃は患者の回復意欲と職員の勤労意欲を向上させ、環境の清潔管理を担っています。 建築の傷みも真っ先に発見し、建築の長寿命化にも直結します。 病院で清掃は決して脇役ではないのです。
 従来の日本の医療には経営と競争の原理が乏しく、施設にどんな特徴をもたせて患者にどう評価されるか、職員の作業効率をたかめてどう生産性をあげるか、こうした側面を考慮されることは少なかったのではないでしょうか? 国民皆保険の世界では施設には基準があり、標準的なことが施設に対する関心を低下させていたのです。
 21世紀の日本には、医療を支える建築や運営を総合的に捉えるファシリティマネジメントこそが必要なのです。

 
Back