医学書院「病院」2002.7

医療を支えるファシリティマネジメント7話

第2話 患者満足度調査
 前回は「顧客である患者に提供するサービスの品質向上こそ、ファシリティマネジメント(FM)の目標である」と書きました。 今回は直接患者がその品質に満足しているか否かを調査する「患者満足度調査」のお話をしたいと思います。
 最近、多くの病院で患者を「・・様」と呼ぶようになり、「患者中心だと病院はどう変わるか?」といった論文が注目され、患者満足度調査も話題になり始めています。 これまではお医者様に診療していただいているという意識が強かったのを考えると、世の中が随分変わったものだと驚きます。 本当に患者が医療施設を選択し、提供されるサービスの品質を評価する時代になったのでしょうか。 

インフォームド・コンセントと患者満足度
 患者が合意してから医療をおこなう、その前提として医療方針を十分説明するのがインフォームドコンセントであると理解しています。 最近のアメリカの病院では患者やその家族が当面する病気を理解する為に、医学情報を集めた患者用図書室を整備するケースが増えています。 医療知識のあるボランティアが資料整理をしたり、専門書を解説したりするサービスも行っています。 小児病院では手術部の入り口にプレイルームがあり、患者がリラックスして予定された手術の説明を受けられるように配慮するケースも増えました。 患者満足度調査はこうした病院側の配慮を背景に、患者の理解や納得の上に成り立つのでしょう。 「病院なら仕方が無い」という諦めや、命を預けた弱者の立場では患者満足度調査は成り立たないのかもしれません。

神戸中央市民病院の患者調査
 1980年に竣工した神戸中央市民病院の病棟は、中央にオープンなナースステーション(以下NS)を設け、全ての病室が回廊に面して大きなガラス窓(ブラインド付き)になっており、NSから室内が良く見える設計に特徴がありました。 この病院では看護師と患者の相互交流がしやすい主旨から、アイコンタクト方式と呼んできました。 日本では病棟の多くが壁で仕切られた病室で、看護師が室内を観察がしにくい傾向にあるのと対象的です。 個室ならプライバシーは守られるでしょうが、4床室などは廊下に対してもっと開放的でも良い筈です。 当時、病院建築の権威者が開放的な神戸方式に批判的な発言をして話題になりました。 計画当時看護部長で調査当時看護短期大学学長であった高橋令子氏が、この開放的な設計アイディアを発案されたことからこの方式の客観的な評価の必要を自覚されました。 そして名古屋大学の柳澤研究室に調査企画と分析考察を依頼され、看護部自体による患者満足度調査が実施されました。 医療的に問題がない全患者(有効回答786人)と全看護婦(有効回答599人)を対象にした、1987年当時としては画期的な大規模な調査でした。
 膨大な調査結果のさわりを紹介しましょう。 「ふだん看護婦にガラスごしに見られる」ことに対して、全体では「安心できる」60%・「何も感じない」29%・「落ち着かない」3%でした。 この「安心できる割合」が若い女性(15才から44才)では40%、小児(14才以下)では32%、平均在院日数の長いグループ(85日以上)では49%と、平均より低くなる傾向がみられました。 全体的にはこの病棟の看護観察重視の計画意図が評価されたのですが、若い患者はやや批判的でプライバシーを重視する傾向が見られた訳です。

神戸中央市民病院の看護婦調査
 看護婦にこの病棟をどう評価しているか調査しています。 「患者から手や動作で合図を受けて駆けつけた経験あり」82%(3項目選択)、「患者に呼ばれなくても状況を知ることができ駆けつけた経験あり」67%、「他の医師・看護婦に呼ばれなくても状況に気づき駆けつけた経験あり」56%、「病室の患者に手や声で合図した経験あり」27%、「患者・家族に仕事上差し障りある話を聞かれた経験あり」5%などです。
 こうした開放的な病棟環境が看護側に「常に患者のそばで働く意識」を持たせている様子が分かります。 ICU病棟に近い環境なので今後の急性期病院計画では参考にすべきでしょう。 イギリスで現在も利用されているナイチンゲール病棟(30床程度の大病室を1看護単位にしている)が、患者からも看護婦からもかなり評価されていることを想起すべきでしょう。

建築計画学では患者調査はダブーであった
 もともと私の専門である建築計画学の分野では、計画・設計の前提として「建築の使われ方調査」と称して、建築が利用者にどう使われているか調査することは盛んに行われていましたが、病院なら患者、小学校なら児童から直接意見を聞くことは、データの客観性が保てないという理由で避けられていました。 最近は心理学を応用した調査が盛んに行われていますが、当時としては患者を直接対象とする調査は大変めずらしいものでした。
 とにかく、患者から「医療を取り巻く環境」について直接意見が聞けた訳です。 計画の基本コンセプトを提案した看護専門家が中心になり、研究者の協力を受けつつ自分達で調査を行ったことも素晴らしいことだと思いますが、最近までこうした調査があまり普及しなかったことも不思議なことです。

調査報告書のあとがき
 15年前の調査報告書のあとがき(筆者)を紹介したいと思います。 「インタビューに際しておおらかによく喋っていただける患者にはむしろ問題は少なく、あるいは容易に喋ってくれないことに問題が潜んでいるように思われる。 むしろ声なき患者の悲痛な訴えを聞く耳をもたねばと考えているが、記入式のアンケートとなると物的環境に関する内容が中心となり、患者が本当に気にしていたり、訴えたいことの本質からずれたものとなっていることを恐れる。 それにも拘らず、建築に携わるものとして現状の病院・病棟を少しでも良くする方向に向けるために、この調査結果が使えたらと考えている。 この病院を建設する際に英知をしぼった方々の努力で実現したこの病棟は、患者・看護婦の多くから概ね肯定的に受け止められているようである。 しかしながら、運営上の工夫で更により良き病棟環境となる可能性もあること、それ以上に病院建築の設計者・計画者・研究者に応えるべき問題が山積していることを痛感する次第である」

POE調査
 国際ファシリティマネジメント協会はPOE(Post Occupancy Evaluation)調査に力を入れています。 POEは入居後評価とか使用後評価と訳していますが、建物を使いはじめてから建物をその利用者がどう評価しているかを調査して、そのデータを建物改造に活かしたり、別の計画に反映させようとするものです。 設計コンペの応募要綱に類似施設のPOE調査結果が示され、それを参考に提案をまとめることを要求されるケースが登場しています。 残念ながら日本の話ではありませんが。
 本来、POE調査は一般の利用者を対象に調査して問題点を発見し、問題の強弱順位を把握して、順番に各種専門家が本格的な専門調査をするという段取りをとるようです。

医療施設のPOE調査
 医療施設の場合は一般のPOEが対象にするオフィスビルと違って、施設利用者と一括する訳にはいきません。 医師をはじめ各種の職員は施設利用者ですが、何と言っても顧客である患者が施設利用者の中心で、患者の評価を重視しなければなりません。 まず、患者に対する満足度調査を行い、そこで発見された問題点を解決する方向で、職員とその働く場と運営方式の3者を調整していくのがファシリティマネジメントなのです。
 建物利用者としての職員を対象にする満足度調査は、職員が気持ちよく効率的に仕事が出来るかどうかで、それが患者サービスに反映しなければ意味はないのです。 POE調査にいう利用者でも患者と職員では調査目的が異なります。

まとめ
 意外なことに日本ではPOE調査より早く患者満足度調査をやっていたのですが、それはあまり普及しませんでした。 一流のホテルや空の旅では、環境やサービスに対する顧客の評価を簡単な調査票で継続的に調べることが一般化しています。 もともとファシリティマネジメントというのは、施設を正しく企画し、計画・設計・施工を経て、竣工後は経営状態を見守りながら維持していく長期的な総合戦略なのです。 施設利用者の満足度を測定するのは重要なポイントとなる訳で、当然病院も例外ではありません。
 病院のPOE調査が総合的なサービス水準を向上させる第一歩として一般化されることを望みます。 「病院だから仕方が無い」と思っている患者が、病院の環境やサービスについて満足か不満足かを聞いてもらえるだけで、さらに第三者に依頼した調査報告書が発表されたら、病院の評判はいっきに高くなるでしょう。 「寝た子をおこす」といった心配もあるでしょうが、患者に選ばれる病院を目指して、患者満足度調査に挑戦してみては如何でしょうか?

Back