病院2002年8月号 医療を支えるファシリティマネジメント7話
第3話:医療とサービスの展開
前回は患者満足度のお話をしました。 大多数の患者は病院に「よい医療」を願っています。 早く痛みを和らげて病気を治してもらいたい。 少々病室が狭くても、隣の患者の鼾が気になっても「病院だから仕方がない」と諦めています。 しかし、若い世代は我慢の限度を超えているようです。 雑誌「BRUTUS」は昨年の6月に「どうせならデザイナーズ病院?」という特集を組みました。 スイス・レマン湖畔の病院など、世界の魅力的な環境の病院を紹介したのです。 読者の世代が病院に何を望んでいるかに敏感な編集でした。 医療は最も大切なサービス産業です。そして、医療技術そのものがコアサービスであるとすると、それを支える幅広い支援サービスが必要です。 今回は医療とサービスについてお話したいのです。
癒しの環境とは何か?
最近「癒しの環境」が論じられることが多くなりました。 私は専門が建築ですから、建築が癒しの環境にならなければいけないと常に考えています。 どちらかと言うと「ストレスを与えない環境」と言うべきかもしれません。 課題は無限にあります。 ここで強調したいのは、建築や環境だけでは不十分で、建築と運営とを関連させなければ課題は解決しない、患者満足度はあげられないということです。 箱としての建築に人が入って、運営して「医療サービス」が患者に提供されるのです。
患者がやっと病院の駐車場に車を止めたとしましょう。 夏の暑い日に入り口までの通路に木陰があり、ベンチで休むとBGMが聞こえてくる。 さらに駐車場を巡回している電動カートが途中で乗せてくれたら、入り口を笑顔で開けてくれたら、案内で初診受付の仕方を優しく教えてくれたら、会計をクレジットカードで済ませられたら、患者の満足度はあがることでしょう。 こうしたことが、欧米の病院ではボランティアの協力を得て実現しています。 建築と人が一体となって患者にサービスが提供されます。 お金より”気持ちのゆとりと工夫”があれば実現するのでしょう。
リスクマネジメントとは何か?
ストレスより強烈なダメージを与えるリスクマネジメントとして、医療過誤が論じられています。 手術で患者を間違えたというのは恐るべき医療過誤ですが、建築を含めたシステムがその原因の一部になっていることが考えられます。 患者の受け渡しと申し送りの場所と運営マニュアルが分かりやすく整備されていたら、この医療過誤が防げたかもしれません。 清汚管理・セキュリティ管理・危機管理もリスクマネジメントであり、より建築が関係する場面の多い問題です。 手術部の清潔・不潔のゾーン区分を明快にすれば、清汚管理のマニュアルが新人にも分かりやすくなります。
患者にとって「安全で安心できる建築とその運営」を総合的に考える必要があり、その結果患者満足度は必ず向上するでしょう。 但し、「リスクマネージメント」は病院側にとっての概念であり、患者にとっては「セーフティマネジメント」と言うべきでしょう。 重大な「医療サービス」のポイントがここに存在するのです。
医療サービスはコア・支援の区分
ホテルが顧客を宿泊させて満足を得るためには、魅力的な建築と訓練された職員による洗練されたサービスと、経験に裏打ちをされた運営マニュアルが必要で、その結果ホテルのブランドが維持されるのです。 サービスの本質を理解した多くの人材が必要です。
病院は患者に適した医療技術を提供したうえで、ホテルの機能も用意する事が求められます。 従来の病院は医療技術に重点があり、ホテル機能を無視し、患者を軽視してきた傾向がありました。 今の医療制度ではとても医療以外のことまで考えられないというのは真実かもしれません。 しかし、患者中心の病院とか患者満足度を医療の質に求めれば「病院にホテル機能(マインド)をもたせること」を避けて通る事は医療の質の死を意味します。 これからの病院経営では「医療サービス」というべき概念(マインド)を確立すべきなのです。 コアサービスとしての「医療技術」と、それを幅広く支える「支援サービス」を、明解に意識的に区分して考えるべきでしょう。 両者は関連し、重複していることが多いでしょうが、顧客へ満足を贈る施設としての施設経営(ファシリティマネジメント)にはこうした考え方が必要なのでしょう。
医療サービスはコアサービスも支援サービスも、生身の人間を対象に生身の人間が遂行する業務ですから、意欲に富んだ人材を多くの教育訓練を経て生み出す必要があります。 その教育訓練にはFMのカリキュラムが欲しいのです。
アメリカのオープンシステム病院は、ドクタースオフィスで開業する医師が必要に応じて自分の患者を入院させ診療を続け、医師は病院の外部にいてパートナーとして位置付けられていた訳です。 病院は入院患者を受け入れて手術・検査・給食などの機能を果たしていました。 病院はマネジャーが取り仕切り、外部の医師は臨床に専念するのです。 コアサービスと支援サービスが区分されていたと言えるのではありませんか?
PFI事業はパートナー探し
病院で何もかも整えるのは無理があり、外部の力を活用する知恵が必要です。 外部の専門家に業務委託する必要が増加していますが、単に外注するのではなく、医療の本質を理解し、専門の訓練をしたパートナー(共同運営者)を求める傾向が強くなってきました。アウトソーシング(外部に専門職を求める)という言葉は、その気持ちを表現していると言われています。
医療サービスをコアサービスと支援サービスに区分して、後者をそっくりパートナーに委託するという試みが「高知医療センター(瀬戸山元一理事)」などで進められています。 PFI事業と言われる事業の進め方です。 この原稿が皆さんの目に触れる頃には、私の言う「支援サービス」を受け持つ組織がコンペによって決定している筈です。
建築と運営を一体化するファシリティマネジメント(FM)
航空機が同じでもサービスの質は航空各社で違います。 旅客を安全に目的地に運ぶのがコアサービスですが、幅広い支援サービスに特徴を出すべく、航空各社は競争しています。 日本は製造業の生産性が国際競争力抜群であるのに、サービス業の生産性の国際競争力はお粗末なのだそうです。
訓練されたよきパートナー(専門運営者)を得て患者満足度を向上させる。 その為に病院施設が充分に活かされ、極大値の”質の高い医療サービスを提供しよう”とするのが広義のFMのコンセプトであり、 そして”施設維持管理の業務”は狭義のFMであると私は考えています。 いずれにしても、日本の医療施設がサービス業としての国際競争力を備えることを期待したいのです。
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