「病院」2002年9月号
プロへの業務委託(PFIの成功を願って)
前回、医療経営はまさしくサービス業であり、医療そのもののコアサービスと、それを支える支援サービスに区分して考えるべきであること、ホテル的なサービスの質を高めないと患者(特に若者)に納得してもらえないことなどに触れました。 支援サービスの質を高めるには外部の専門家(プロ)の協力を得ないと無理があるでしょう。 病院で業務の外部委託(外注)というと経費を安くする面だけが強調されますが、プロの支援がないと質が向上しないという側面を忘れてはなりません。 高知医療センターのPFI事業はまさにこの支援サービスを民間企業に参画するように求める状況であり、プロ集団に対する高い期待がもたれていると思います。 病院業務の一部外注といった段階ではなく、医療以外の経営を任せるパートナー選びが始まったと認識すべきでしょう。 医療経営は医療者だけでは出来ないという意識改革がゆっくりと進んでいます。
巨大施設のダウンサイジングが世界の潮流
病院の規模を小さくするダウンサイジングが欧米では盛んです。 病床数を減らし階数を減らし威圧感を減らそうとしています。 一般的に巨大施設は経営が困難で、特に組織の構成に課題が大きく、患者に親しみがもたれないと考えられています。 欧米の病院に比べると、日本は何でもありのデパート式の病院が多いと言われており、一般に巨大な施設の方が患者に信用されると考えられてきました。 これからの経営はむしろ相互の連携を前提に、適正な規模のスリムな施設が求められるのではないでしょうか。 ホームケアーの普及もこの傾向に拍車をかける筈です。
病床数を減らしても病床回転率を上げれば、同じ患者数(新入院患者数)を短い入院期間で診療できる訳ですが、病院が果たすべき機能を病院外の施設に委託してもサイズは小さくできます。 検体検査・給食・消毒滅菌・医療事務などの業務は病院外に委託する候補です。 極端に言えば、病院を入院患者に直接医療行為を行うことに限定し、その他の支援施設を病院の外部に設ける施設体系が考えられる訳です。 つまり、コアサービスだけの病院と支援サービスの別施設になります。
高知医療センターのPFI事業では施設として別にはせず、同一病院内で独立性の強い支援サービス企業が業務を行う方向で計画されているようです。
オフィスの世界では、自分専用の座席に座っていることの少ない、つまり在席率の低い社員の席は固定せず、フリーに座席を選べる方式(フリーアドレス方式)が試みられ、巨大な本社よりサテライトオフィスやホームオフィスを活用し、通勤も緩和しようという傾向が出てきています。 ファシリティマネジメントは施設のあり方を根本的に見直し、多角的なワークプレイスを充実して新しい経営環境を整備しようとしている訳です。
高知PFI事業の業務委託計画
高知県高知市病院組合の瀬戸山元一理事(院長予定者)のリーダーシップのもとに進められているPFI事業は、当初から膨大な資料と共にホームページで公表されているので、私が改めてご紹介するまでもないのですが、支援サービスとしてPFIを位置付ける為にご紹介したいのです。
この事業では「参加を希望する事業者の事前登録」を行っていますが、以下の事業者一覧で業務委託の範囲が明らかになっています。
@:病院本館施設・職員宿舎などその他施設整備業務
新設の建築を整備するのがこのPFI事業の中心です。
A:病院本館施設維持管理業務(ファシリティマネジメント)業務として、建築物保全業務・建築設備保全業務・環境衛生保全業務・保安警備業務・ビルマネジメント業務
新設するだけでなく、以後の維持管理を委託するのがこの事業の特徴です。 こうした公式文書に大変珍しくファシリティマネジメントという言葉が使われましたが、私にはこれが狭義のファシリティマネジメント(Facilities Management施設管理)だと思えます。
私の考えるFMは「施設を活性化する総合戦略の全体像」なのですが。
B:医療関連サービス業務(医療法に基づく政令8業務関連)として検体検査業務・滅菌消毒業務・食事の提供・患者等の搬送業務・医療機器の保守点検業務・医療ガスの供給設備の保守点検業務・洗濯業務・清掃業務
これは私の言う支援サービスの範囲であると考えられます。 しかし、極めてコアサービスと関連が深く、サービスの品質管理や責任問題として注意深く検討されるべきでしょう。
C:その他の医療関連サービス業務として、医事(診療報酬請求等)業務・病院運営情報システムの開発整備運営保守管理業務・物品管理物流管理業務・医療機器類の整備管理更新業務・看護補助業務・一般管理支援業務
この範囲はまさに支援サービスの中心でしょう。
D:その他の業務として、一般サービス施設等(食堂・売店等)運営管理業務・職員宿舎等その他施設維持管理業務・その他
この範囲も支援サービスですが、いわゆるホテルサービスが見当たらないのは残念です。
PFI事業成功の条件
PFI(Private Finance Initiative)は英国のサッチャー政権が国営事業を民営化する経済政策として始めた訳ですが、我が国でも平成11年に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」として成立したPFI法が根拠になっています。
日刊工業新聞社から「医療・福祉PFI」というよい本がでています。 その序文には「英国のPFIは我が国の医療・福祉分野の社会資本整備において特効薬のように思える。取り扱い注意の劇薬だが、PFIの本質を見抜き、意識改革によって有効成分を抽出すれば、医療・福祉分野のドーバミンになる可能性がある。」「英国の歴史・風土が培った意味深長で魅力的な手法である。」と述べています。
PFI事業は民間の資金と知恵を公的な施設経営に導入しようとするもので、医療関連ビジネスの大幅な業務委託を前提にしています。 この本でも強調されていますが、公的部門にも民間部門にも、十分な専門知識をもった専門家(プロ)を揃えていなければならないのです。 委託してパートナーを組むには、相互の専門業務への十分な理解と尊敬とが必要で、それがPFI事業成功の前提となるでしょう。
何よりも、病院経営が健全に行われる見通しがないと、民間が資金を提供する筈はありません。 PFI事業成功の必要条件です。
まとめ
これからの医療施設は業務の外部委託範囲が拡大するでしょう。 その場合、委託する側は委託内容を明確に示し、成果を評価する能力が必要だということです。 委託される側に対してサービスの質を定性的・定量的に示し、サービスが実行されてからの成果をしっかり評価(モニタリング)しなくてはなりません。 委託したから内部に職員が必要ないと考えては困ります。 条件を提示し、成果を評価できる専門的な人材が内部に必要です。 そうした意味で組織内にファシリティマネジャーが存在するのが原則です。
一方、委託される側は示されたサービスの質を如何に実現するか、何処で誰がどのように業務を行うかを、具体的に委託者に示して契約を結ぶべきでしょう。 それが経営なのですが、医療の本質を理解し患者の身体と心に直接影響する仕事であるという自覚が必要です。 医療支援サービスのプロとして社会に認定される手続きが必要でしょう。
フィンランドでは地域的に給食・洗濯・滅菌消毒などの機能をセンター化して複数病院に供給していますが、 患者が見えないところで医療関連業務を行ってはいけないという理由で、各センターを病院に併設しています。 A病院に給食センター、B病院に滅菌センターというやり方です。 支援サービスは多方面にわたりますが、分野別のプロとプロ集団の相互調整出来る人材も必要です。
結局、従来軽視されてきた支援サービスの質を高めるには、委託方式が大切であり、委託する側にも委託される側にも人材を育てる必要があります。 日本に医療のプロは存在しますが、医療周辺の支援サービスのプロがまったく不足しています。 自称プロは今後増加するでしょうが、社会が認定するプロを育て、活躍できる環境を整備する「施設を活かす総合戦略」としてのファシリティマネジメントが大切です。
|