「病院」2002年10月
医療を支えるファシリティマネジメント7話
(第5話)建築規模の計画は経営の要
病院建築をどれだけの規模で作り何年間使うのかは、ファシリティマネジメントの最大の課題でしょう。 病院を健全な経営体と考えれば、施設投資と施設活用が経営の要なのですから、新築・増築の規模計画が課題となる訳です。 一般には資金によって規模が決まるのですが、当該病院の機能や性格によって要求される規模が違ってくるので、両者をうまく調整するのが大切です。 どちらか一方を条件として決定せずに、調整しながら両者を決定していくことが望ましいと思います。
従来の病院計画では病床数を唯一の指標として規模を考えてきました。 病床数が決まれば建築面積も職員数も決まったのです。 しかし、平均在院期間が短縮して病床数を減らし、救急や外来診療から日帰り手術の充実までやるとなると、規模計画を病床数で決定するのは限界がありそうです。
しかも従来の病院建築は長くて30年位の寿命で考えてきましたが、これを70年80年で考えれば経営計画が変わり規模計画も変わってきます。 地球環境から考えるといくら病院でも施設を消耗品と考える訳にはいきません。
医療制度をはじめ社会がダイナミックに変化する中で、病院建築の規模計画はどうやら大きく変化しそうな雲行きです。
従来は何故病床数を基礎に規模計画が作成されたのでしょうか
病床数は規模計画ばかりでなく病院の最大の指標でありました。 単科の病院より総合病院が信用され、病床数の多い病院が何でも揃った病院として信用される傾向がありました。 そうした傾向を背景にして、病院計画は病床数を基礎に建築面積も職員数も決められ、病床数と「1床当たり床面積」で全体面積が決定され、その上で各部局の面積はバランスを配慮した配分で割り当てられて計画がすすみました。 こうした進め方は目安として現在でも一定の意味をもっていますが、運営状況を重視して企画を進めるファシリティマネジメントから見ると問題が多いのです。 欧米の病院では「1床当たり床面積」に関心はなく、聞いても殆ど返事がありません。 病床数を唯一で最大の指標とする考え方はまずなくなったからでしょう。
日本でも病院の機能分化がすすみ、急性期病床と慢性期病床に区分されると、平均在院期間によって病院の内容が変わり、病床数だけでは規模を決められなくなってきました。
これからは病院活性度で規模計画を決める
平均在院期間が短縮しても病床数で規模を決めてよい分野はあります。 病棟・病室・給食などの分野です。 但し、慢性期の方が病棟に患者食堂やデイコナーなどが必要であり、病室では生活面のゆとりが必要になりますが、急性期の方は診療の場としてのゆとりが必要になり、ICUやそれに近い環境にすることが要求されます。 規模的には病床数と大体比例すると考えて良いでしょう。
ところが、従来病床数で全体規模が決まり、その中で面積を割り当てられていた手術部や検査部のような診療部とか、情報管理や物品管理などの分野は平均在院期間の短縮によって事情が大分変わってきます。 同じ病床数でも平均在院期間が半減すれば、診療件数はざっと2倍になり、その為の建築規模はかなり広く計画しなければなりません。 情報量や消費され廃棄される物品量も大幅に増大するので、関係部門の建築規模にゆとりが必要です。
平均在院期間の短縮は大体病床利用率の低下を伴いますし、診療件数と直接的に比例して規模が必要になる訳ではありませんが、病床数に比例して規模を決める訳にはいかないことは明らかです。 実は建築規模より重大なのが職員数です。 欧米の病院で1床当たりの職員数を聞くと大体耳を疑うような大きな数字ですが、これは平均在院期間が極めて短いことが大きく関係していると考えています。 さらに職員数がふえるだけで建築規模も大きくなります。
病院の規模計画にとって、従来の病床数に変わる指標が必要です。 平均在院期間や年間新入院患者数や平均外来患者数、さらには年間手術件数・臨床検査件数のような病院の活動状況を示す指標が規模計画の基礎になるべきでしょう。 現時点では明確に指定出来ませんが、「病院活性度」というべきものが必要です。
将来の変化に対応させるのはどうするか
病院建築の規模は新築の時だけでなく改築の時にも問題になります。 病院を取り巻いて医療制度を始め社会状況も急激に変化しています。 先ほど触れたようにすべての建築は地球環境を保護する為に長寿命化を真剣に考えなくてはなりません。 また、取り壊す時の建設廃棄物を少なくする為の工夫が必要です。 長寿命化の為には、そっくり作り変えるのでなく、改装したり一部増築して新しい機能に対応する必要があります。
イギリスの病院建築界の大家ジョン・ウイークス氏は「病院建築はあらゆる建築の中で最も変化の激しい無限定建築(Indeterminate
Architecture)である」と述べ、自ら成長変化しやすい建築設計を実践しました。 日本でもその影響でこうした主張が強く言われた時期がありましたが、最近は余り強調されず、30年で立て直すのが良識のように言われています。 もう一度「成長変化に対応した建築」を思い出すべきでしょう。
病院建築の生命線である設備システムは残念ながら20年程度の寿命しかありません。 建築は100年近くの寿命を見込み、設備システムを更新していける設計が望まれます。 経営計画における規模計画はぜひこうした前提で考えて欲しいのです。
設計にとって規模は与条件か提案事項か
従来日本の公的な病院は「1床当たり55Fで設計するべし」といった基本条件を与えられてから設計が始められました。 医療施設の標準化でもあり、公立病院では自治省の指示でもありました。 最も重要な条件が与えられて計画・設計が行われていたのです。 これからは何とか個々の病院経営組織と設計者が協議して病院規模を計画するようにしたいのです。 標準は標準として、個々の病院建築計画が経営計画の中で組み立てられ、その時の議論を踏まえた経営・運営がなされるべきだと考えます。 これこそファシリティマネジメントなのです。
アメリカでは全米の建築家協会の中に「健康建築部会」があって、機能別の規模を専門の立場で提案しようと研究を継続しています。 最近は病室の面積を単なる癒し論でなく、診療の場として、家族の協力の場として見直そうとする地道な研究をしており、その成果として「完全な患者ユニット設計の探求」(The
Quest for the Perfect Patient Unit
Design)がまとめられています。 社会から専門家の提案として信用されるには、基本的な行動に対する建築空間の寸法や、主要空間の面積についての継続的な研究が必要でしょう。 根拠のある提案が大切です。
経営側と設計側との間にFMコンサルタントが欲しい
先程、病院経営組織と設計者との協議で病院規模計画を決めるべきだと述べました。 現実には従来与えられていた条件を自ら協議で決めるのは容易なことではありません。 これからは両者の間に施設経営の専門家(ファシリティマネジヤー)が経営計画に基づく規模計画を提案してもらいたいと考えています。 建築設計者を提案の良し悪しで決定する設計協議の場合にはコンペ要綱を作りますが、その中で最も重要な建築規模もこの専門家が提示してくれるのが理想です。
前回触れたPFI事業では規模計画も提案事項だった訳で、コアサービスと支援サービスの質を設定して規模計画を立案することが期待されていました。 医療サービスの業界の側も成長し、FMの分かる人材を揃えなくてはなりません。
この7話の最初にふれたFMIでは「病院に施設の全体像をつかんだ人がいないことが問題だ」と主張していました。 施設規模が過大になると組織も建築も設備も全体像が掴み難くなります。 病院を程よい規模にダウンサイジングするのが最近の世界の趨勢なのです。 個々の医療施設が独自の機能・性格と、それに見合った規模をもち、活発に利用される状況を期待します。
フィンランドのパイミオサナトリウムは1931年竣工の建築で、今でも大切に利用されている。
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