医療を支えるファシリティマネジメント7話(雑誌:病院11月号)

第6話 変化に対応する施設経営         
 現在、医療の世界では絶えず変化があり、医療制度改革の盛んな議論の中で、個々の施設の将来計画決定については待ったなしの状況にあります。 1年近い猶予があるとは云え、2003年8月までに全ての病院が急性期か慢性期かの機能分化の意思決定を迫られている訳です。 建築的にも大問題で、患者当たり病室の床面積や廊下幅が新設・既設に分けて具体的に示された基準に適合させなくてはなりませんし、機能を特定すると施設面でも全面的な見直しが迫られます。しかも、医療過誤といった重大問題に対しても施設やその運営方法が深く関連していますし、非日常的な地震災害などに対しても建築や運営はどう対応すべきかの議論も忘れてはなりません。 広範なリスクマネジメント(患者の立場から見ればセフティマネジメント)に対する施設面の見直しも必要なのです。今日一日が昨日と同じように過ぎれば良いのかもしれませんが、長期的にも短期的にも昨日とは違う状況を予想した場合は変化に対応した経営(Change Management)が求められています。

ファシリティマネジメントは変化の中で登場した 
 FM研究所(FMI)が登場したのは1979年でしたが、これはオフィスにコンピュータが大量に導入され始めた頃にあたります。 当時の大型コンピュータ時代や一人一台のパソコン時代まで、めまぐるしくコンピュータも変わりましたが、仕事場としてのオフィスのあり方が革命的に変わったのです。 組織のあり方も、仕事の進め方も、家具や建築の作り方も大きく変わりました。 最近では大規模な本社を作らずにサテライトオフィスを分散させたり、ホームオフィスを活用して主婦や高齢者まで参加しやすくすることも考慮されています。 こうした変化に如何に対応するかというのが、ファシリティマネジメントが登場するきっかけになったと私は考えています。
オフィスの世界では激変が収まり、長期的に安定した変化の時代に入ったとすれば、FMの重要性は1980年代をピークにして今日はかなり軽減したと考えます。 オフィスに変わって医療の世界ではこれから激変が始まり、医療施設を対象にしたFMの重要性がピークに達すると思われます。 当然、医療施設でもコンピュータ導入が組織のあり方や仕事の仕方を変え、施設面でも大きな変革が行われた訳ですが、国家的な経済状況や制度面での変革がコンピュータ導入といった次元を超えた変化をもたらすでしょう。

患者中心の医療施設への転換
 日本の医療施設に要求されている変化は多様で緊急な課題が多いのですが、じわりと重圧がかかっている変化は「患者中心の医療への転換」だと言えるでしょう。 多くの病院で患者をサンでなくサマで呼ぶようになったのはごく最近のことです。 施設面でも患者中心のデザイン(Patient Centered Design)がことさら強調され始めました。 こうした変化をどう受け止めるべきなのでしょうか? 全面的な新築の機会があれば当然考えることですが、問題は多忙な日常の診療活動を続ける病院で、特に工事予定のない病院でこうした変化をどう受け止めるべきかということです。 病院の中に対応する為の委員会を開催したり、外部の専門家に助言を求めたりして、日常的に病院全体を見直して出来るところから改善していただけませんか。 課題は無限に存在します。 具体的には、外来の待合室や病棟のデイルームなどの色彩を変えたり、家具を取り替えるようなことはさほど困難なことではないでしょう。 愛知県ではデザイン系の学生の協力を受けて、小児用の病棟廊下や処置室などを楽しい街の風景に見立てた飾りつけで雰囲気を一変させて評判になっています。 高齢者は立ち上がるのに手摺のある椅子が欲しいということで、外来待合室の長椅子に一人一人の手摺を付けることにした例もあります。 新しい医療器械を導入するのに予算決定ができても、患者用の椅子を更新するのには中々予算は付きません。 患者中心の病院に変えていくのに、現在どんな問題があるか洗い出すだけで大変な作業です。 誰がそれを見つけるのか、誰が対策を考えるのか、誰が優先順位を決めて予算を付け、実行するのでしょうか。

病院こそユニバーサルデザインを重視してほしい
 患者中心のデザインは余裕があれば実行するというレベルの話ではなくなりました。 アメリカではAIA法という法律で車椅子で入れない便所が患者から訴えられたら、強制的に改善が命じられます。 このアメリカ人の権利を守る法律を支えているのはユニバーサルデザインという考え方です。 幼児も高齢者も障害者も「誰も環境から差別されてはいけない」ということで、個々のバリヤーを取り除くバリヤフリーデザインを超えて定着してきました。 日本でも鉄道駅や空港のような交通施設がこの問題に取り組んでいます。 新設の場合だけでなく、古い駅にもエレベーターやエスカレータが取り付けられ始めたのはご存知でしょう。
 実は最も必要な病院でユニバーサルデザインは大変立ち遅れているようです。 未だ日本にAIA法といった法律はありませんが、人権という面でインフォームドコンセントなどと同列に避けて通れないテーマなのです。 ここでも訴訟のようなケースでなく、通常の病院でこうした問題と正面から取り組む姿勢が必要です。

常にマスタープランは作成しておくべきである
 変化に対応することの難しさを別の角度で説明したいと思います。 ある病院でMRIを導入することになり、MRIの診断室と僅かな附属室を放射線部門に近い中庭に建設することになりました。 MRIは放射線部門に所属する予定であり、放射線部からの提案で位置的にも常識的な決定でありました。 しかし、この小さな増築に問題がありました。
 この病院の施設は全体的に問題が多く、いずれは全面的な整備が必要で、時期はまったく未定ですが緊急部門から順次整備していかなくてはなりません。 MRIもその第一弾でしたが、これを計画した中庭は全敷地の中で中心的な位置にあり、殆ど唯一のまとまった空地でありました。 将来の全体的な施設整備にとって最も重要な空地であります。 中庭にMRI関連の施設を作ってしまうと、小規模ですが当分移転させることは困難になり、将来の大計画にとって障害になります。 
 全面的な整備時期は何時のことか分かりませんが、現時点で全体的なマスタープランを作成し、その中でMRIの位置を決めるべきです。

施設の死亡診断書を書くのがファシリティマネジャーの仕事
 施設にとって最大の変化は全面新設される誕生時と、老朽化して役に立たず取り壊される死亡時です。 この誕生時に際しては建築設計者を始め多くの関係者が協議を重ねるので心配は少ないのですが、死亡時に際しては「延命を計って資金を改装・改築に注ぎ込むのか、全面的に取り壊すのか」判断が難しく、医療施設としての将来計画をにらみ、経済を考え建築や設備の診断もしながら総合判断することになります。
 実はこの施設の死亡診断書を書くのがFMの最も重要な仕事なのです。 建築関係者は古い建築を諦めて新しい建築を作ることを勧めるかもしれませんが、地球環境の維持の為に建設廃棄物を出さない為にも、死亡を認めず再生を模索するのもFMの仕事になるでしょう。 総合的で多角的な検討を経て、関係者の納得する死亡診断書を書くことは重要な仕事です。

医療者の発想の転換とFMの再認識
 病院が全面的に新築されたり改築される機会には多くの専門家が力を結集してくれます。 しかし、医療を取り巻く状況の変化は全面新築や改築の機会を待ってはくれません。 競争の時代に患者中心のデザインの考え方を、新しい医療器械を導入するのと同列に意識して欲しいのです。 課題を洗い出し、優先順位を決め、マスタープランの中でこれらを実現していく必要があります。 日々の医療に追われる忙しい医療者は、長期的・短期的な変化にどう対応するのでしょうか?
FMIで主張していた「変化(Change)があればリスク(Risk)が生じ、対応する意思決定(Decision Making)が必要になり、その為の運営主体(Management Presence)とサポートシステム(Support Systems)を構築しなければならない」を重ねて引用したいと思います。 マネジメントの人材と組織が必要です。 
施設を生き物として捉え、変化の中で活かし続け、死亡まで確認するFMをお忘れなく。

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