ユニバーサルデザインに力を集めよう 柳澤 忠
国際的に注目されている新しい概念に好奇心を湧かせる私は、昨年1月に勤務先の名古屋市立大学芸術工学部でアダプティブ・エンバイロンメント・センター事務局長のオストロフ女史に「ユニバーサルデザイン(以下UDと略記)教育」の講演をしてもらい、本年6月にニューヨークで行われた「UD国際会議」に出席して川崎和男教授と日本の状況を発表してきた。余り広くない会場には400人の人々が集まり、熱心に討議しており、車椅子や盲導犬がこの会の雰囲気を盛り上げていた。参会者でアメリカ人に続いて多かったのは日本人で70名、その他イギリス・フィンランド・オランダ・韓国・シンガポールなどである。
UDは「できる限り幅広く全ての人々が使える環境や製品を創りだそうとする取り組み」である。バリアフリーデザインが現実の問題に直面してから、それを克服する方策を考える為に個々対象療法的になりやすいのに対して、UDはより総合的で提案的であることを狙っている。障害の種類によって起こる様々なバリアーを発見し対応を考えていく必要性は否定出来ないが、共通性を重視し先回りして提案していくUDの積極性は頼もしい。従来、工業製品の大多数は若く健康な人を対象に「平均へのアプローチ」で作られてきた。バリアフリーデザインは平均を補完する「特殊アプローチ」を用意しようとする。UDは多様なニーズを幅広く同時に考える「全体的アプローチ」を目指している。UDは企業の研究開発意欲を刺激し、新しい商品を生むきっかけをつくる期待がある。
UDは1995年に以下の7原則を策定している。1)平等に使える、2)容易に使える、3)使い方が容易に理解できる、4)情報が分かりやすい、5)危険や間違いが少ない、6)身体的な負担が少ない、7)使用する為の適切な寸法と空間がある。
こうした努力目標とも言うべき包括的な概念を支え、アメリカ社会を大きく変えたのが1990年に成立したアメリカ人法(ADA:the
Americans with Disabilities Act
)で、雇用・交通・建築・通信に対して障害者への差別を禁止した。UDの強力な支えである。この法律が生まれるまでには、第一次世界大戦後に制定された退役傷病軍人の傷害ニーズに対応した職業リハビリテーション法や、公民権運動が背景にある。ADA法成立によって障害者運動は統一され、障害者にとって必要なのは「より良い社会福祉システム」を提供されることではなく、「機会均等と平等な権利の保証」であることを示した。従来より多くの人々が自立し雇用され、労働力が増強される。ADA法に支えられたユニバーサルデザインが、その原則の第一を「容易に使えること」ではなく「平等に使えること」にしているのは理解されよう。
当然、UDにも反対論がある。「全ての人に対する使いやすさを目標にすると、誰にも使いにくい結果を招くことが多いので、むしろ多様なニーズに合ったものを選択しやすく提供した方が良い」といった意見であり、「理念としては立派だが実効性に疑問がある」という意見である。最近はUD・ヘルスケアデザイン・ノーマライゼーション・バリアフリーデザイン・アクセシビリティデザイン・人にやさしい街づくり、など沢山の内容の近似した言葉が増えている。いずれも現代社会にとって重要な概念であるが分かりにくい。
UDは「配慮ややさしいデザイン」でなく「公平なデザイン」を目指す態度なのであり、強い政治的な姿勢を示している。これを政界・学界・経済界がどうサポートするか、デザイン教育にどう取り入れるかが問題である。新しい言葉は誰かが言い出して、共鳴する人が集まってグループができ、そのうちに組織化され、他のグループとの垣根が高くなる傾向がある。アメリカでも日本でも同様で、エネルギーが分散して力にならない。課題が多い日本ではUDに力を集めることを提案したい。
中部版 建築ジャーナル1998-9No.925より
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