建築を運動体として捉えよう        柳澤 忠

磯崎新は北九州の図書館計画に当たって「プロセスプランニング」を主張した。成長変化する図書館は竣工した時が一つの経過点であり、今後の変化を前提とすべきだというのである。イギリス病院建築の大家ジョン・ウィークスは病院を「不確定建築」だと説明した。鉄道駅の変化はゆっくりだが空港や病院の変化は急速で予測不可能であり、ハードが将来の変化を妨げないように注意すべきだというのである。建築は長期的に見て運動体である。
 ところで、多くの建築は短期的にも運動体と捉えるべきなのである。児童館や老人憩いの家は現状では近所の常連が利用している。週末は別としてウイークデーの16時頃閉館するということは、児童館ならごく近所の学校帰りの児童しか利用できず、学校の時間中はせっかく職員がいても開店休業状態である。老人憩いの家なら働いていない近所の常連しか利用できず、働いている高齢者が友人に会ったり相談に乗ってもらったりすることができない。多くのスポーツ施設も同様で、余暇施設は学校や通常勤務の時間をはずして開館してくれないと利用者の層は広がらない。
 パリのポンピドゥセンターは12時館の22時閉館である。観光客で騒がしい日中を避けて、多くのパリ市民は夕食を早めに済ませて来館し、美術を鑑賞し読書を楽しむ。同じ顔触れに限定された利用でも、勤めを済ませた人も含めた多彩な利用者でも、利用状況を延べ人数で評価していては同じ結果となる。年間どれだけ利用者層を広げたかを評価すべきである。多彩な利用者には施設に対する期待も多様で、施設側の対応も多彩になるだろう。イベントも変化が求められる。夕方から夜間にかけての利用を前提にすると設計も変わってくる。利用状況で設計が変わるのが短期的運動体なのである。
 私が専門とする病院の設計はどうろうか。従来の病院計画は病床数がすべての基準になっていた。病院全体の職員数でも延べ床面積でも手術室数も、病床数を基準に算出されていた。しかし、これからは在院日数の長短が、つまり病床回転率が基準になるだろ。静的な指標でなく、動的な指標である。 100床の病院で平均在院日数が40日の病院と4日の病院とでは、検査件数や手術件数は1対10に近くなる。職員的にも建築的にも同じ100床で規模がまったく変わってくる。日本の病院は世界の病院に比較して平均在院日数が極端に長いが、やっと最近、厚生省は一般病床を急性期と慢性期に区分する方向を打ち出した。日本の病院の1床当たりの床面積が欧米に比べて極端に狭いが、これを改善するには平均在院日数を短縮しなくてはならない。他施設との連携と在宅ケアの重視である。病院を運動体として捉えた新しい計画理念が必要となってきたのである。
 建築を運動体として、いかに運用され、どのように利用されるかを予測して計画・設計する必要がある。また必要に応じて将来の改装や増築に対応しなくてはならない。これは通常考えられる設計行為ではなく、企画と運営の問題であり、まさにファシリティ・マネジメントの領域である。
 バブルがはじけ、国や地方自方自治体の財政事情が急速に悪化する中で、建設投資が急減している。昼間、建築も職員も遊んでいるような施設でなく、本当に必要としている人のために、施設内容も規膜も開設時間も調整された総合戦略が求められている。厳しい社会情勢が激しく変化する中で、建築そのものを短期的にも長期的にも変化に対応できる「運動体」として捉えるる考え方を提唱したい。
 

中部版 建築ジャーナル1999-1No.933より

Back