特集●すぐそぱの身近な環境
糾弾より賞賛の愛知方式「快適空間賞」
柳澤忠
高齢者も障害者も自由に外出できるような街にするためには,一般の建築や都市などのもつ様々なバリアーを取り除く「バリアフリーデザイン」が必要である。最近ではさらに一歩進めて,個々のバリアーを取り除くのではなく,あらかじめ全ての人に使いやすく環境を整える「ユニバーサルデザイン」が今後の考え方として注目され始めている。 このように物的な環境が人を差別しないようにする考え方を,愛知県は早くから行政方針として取り上げ,しかも問題点を指摘して改善を迫る行政ばかりでなく,優れた工夫を評価し表彰する試みを10年以上継続して行っている。つまり「糾弾より賞賛の愛知方式」である。この表彰制度は民生部で「快適空間貸」と名付けて平成元年に立ち上げ,引き継いだ建築部が「人にやさしい街づくり賞」と名称を変えて,平成7年から担当している。 快適空間賞は公共的な建物・公共交通機関・道路・公園・集合住宅で,連続性・安全性・わかりやすさ・ゆとりとやすらぎの四つのいずれかを確保しており,高齢者などの利用にすぐれた配慮がなされている施設(原則は完成3年以内)を対象に選考し,施設を表彰することで県民意識の高揚を図ろうとするのである。 最初の平成元年度は柳澤(研究・建築)が委員長となり,浦上(県建築部長)・小笠原(研究・福祉)・後藤(県民生部長)・下田(県土木部長)・鈴木(福祉協議会)・高北(研究・デザイン)・竹内(研究・土木)・富田(婦人問題懇話会)・吉田(研究・建築)の諸氏が委員を勤めた。この年は32施設から応募があり,ビデオ・写真・推薦書などによる書類審査で11施設にしぼり,これらを実地に見学して以下の9施設を顕彰した。1.身体障害者福祉工場に隣接した「蒲郡信用金庫太陽の家支店」は,金融機関の店舗として入り口のスロープや車椅子用の記帳台などの障害者対応を先駆的に行った。2.碧南市民病院は市民に親しまれ,分かりやすく明るい環境である。3.松坂屋名古屋店は,開店前に入口前のベンチで休めるし,店内の昇降路周辺にも休憩や待ち合わせ用のベンチが配置されている。4.新名古屋駅集札口のタクシーのりばは,タクシー待ちの行列場所に透明な防風ガラスを設けて,待ちを温かく安全なものにえた。5.名古屋地下鉄の新型車両には,電光文字による車内案内表示で次の停車駅・のりかえ案内・終着駅や開く扉を表示している。6.JR東海の三河安城駅は新幹線とコンコースを結ぶエレベーターを設置し,木製の手すりやベンチを設け,女子便所にベビーベッドを設けている。7.名古屋鉄道の豊田市駅は豊田市の協力によって駅と駅前広場を2階の歩行者専用道路とエスカレーター,地下駐車場とエレベーターで立体的に連結し,ショッピングセンターとも連絡した楽しい安全な交通拠点を形成した。8.碧南市の産業道路と住宅地を区切る緩衝緑地帯は,ユーカリの森・散歩の小道・静かなあずまやなど魅力的な環境である。9.若宮大通公園は高架方式の都市高速道路下に設けられた子供の遊び場など,ゆったりした市民の憩いの場となっている。これらは10年後の今でも新鮮であるが,先駆的な試みとして評価されたのである。 「全ての人を環境が差別しない」考え方で先進的なアメリカでは,長年の人権運動の流れの中でユニバーサルデザインが扱われ,障害をもつアメリカ人を守るADA法が強力にサポートしている。2000年6月13日から18日まで,アメリカのロードアイランド州プロビデンスで,第二回ユニバーサルデザイン国際会議が開かれた。筆者は千葉大学工学部デザイン工学科の清水忠男教授と共に,日本で行った学生対象のユニバーサルデザインコンペティションの結果を報告した。このコンペは全国のデザイン系大学から45点の応募を受け,公開の審査を経て1・2・3等賞を選考したものである。事務局をつとめた本学としては「糾弾するより賞賛する愛知方式」の展開として,このコンペの成功を誇りに思っている。 若い学生が高齢者や障害者を始め,全ての人に使いやすい物的な環境を工夫する事は容易なことではない。しかし,広くデザインを学び始めた若者の感性にこそ期待をかけたい。ともかく,前記の愛知県の快適空間貸・人にやさしい街づくり賞が10年以上粘り強く「良好な物的環境事例」を集め評価してきたことは,若者にも大なる刺激を与えるだろう。身近なできることから実践し,それを評価して普及させていく地道な努力こそが必要なのではないか。 (やなぎさわ・まこと名古屋市立大学芸術工学部教授) 建築士 2000-9 VOL.49 NO.576 |